過去の窮地

リーグ存続の危機

TVでサッカーを観戦する外国人

現在は世界のトップリーグとして人気も実力も確立されているイングランドプレミアリーグですが、過去には過激なフーリガンや資金難といった問題が山積しており、存続自体が危ぶまれた時期もありました。 どのように再編成されて、現在のプレミアリーグに落ち着いたのでしょうか。

【フーリガン】

1980年代のイングランドのサッカー界は、古くて損傷が激しスタジアム、暴力的なフーリガンなどの深刻な問題で窮地に立たされていました。 1985年5月29日、ベルギーのヘイゼル・スタジアムで行われたチャンピオンズカップ決勝戦のリバプール対ユベントス戦で、試合前にリバプールサポーター(フーリガン)が乱闘を起こし、 39人のユベントスサポーターが犠牲者となった事故で、かねてから暴力的なイングランドサポーターを問題視していたUEFAはイングランドのクラブをヨーロッパの大会から最低5年間締め出す処置を取りました。 その結果イングランドの全クラブがUEFA主催の大会に出られなくなり、イングランドのサッカー界は世界の進歩から大きく取り残されていくことになったのです。

【資金不足】

1989年、シェフィールドのヒルズボロで再び死者96人を出すという事故が起きたのを受け、スタジアムでは立見席を無くし全席指定式のスタジアムに改装、フーリガン排除のためセキュリティシステムの導入を決めました。 しかしこれらを実行するには膨大な資金が必要となり、入場収入が大幅に落ち込むこのプランを実現、維持していくためには巨額の投資が必要不可欠でありました。 イングランドのクラブがこの窮地を乗り切り立ち直るには、急進的な再編成という画期的な対策が迫られていました。

【再編成】

1991年、FAは18クラブでスーパーリーグを創る、という構想を発表しました。 フットボールリーグは自身の存続に関わるこの提案に強く反対しましたが、トップリーグの22チームはフットボールリーグを脱退し、新リーグの参加に同意しました。 これによってプレミアリーグは、商業的にはフットボールリーグやFAから独立した団体となり、放映やスポンサーにおいて独自の判断をすることが出来るようになりました。